須和田遺跡
 
 


 場 所
 須和田公園内 (須和田2−34)
 *市川市立第2中学校となり
 須和田遺跡は真間山の台地から東に延びる、長さ600mほどの須和田台地のほぼ中央にあります。縄文時代前期の小貝塚がわずかにみられるほかは、弥生時代中期から平安時代に至る各期複合の集落遺跡です。

 とくに古墳時代後期以降が大きく、住居址も多く発見されています。南関東地方に弥生文化が伝えられたのはB.C.100年ごろといわれていますが、その南関東地方で最初に出現した弥生式土器が須和田台地から出土し、須和田式土器という型式名でよぼれるようになりました。

 つまり弥生文化をいちはやく受け入れた遺跡の一つが須和田遺跡だといえます。奈良・平安時代に比定される真間式土器や、国分式土器の標式遺跡としても知られています。

 また、数回の調査により、弥生時代後期の久ヶ原期・弥生町期・前野町期の住居址も発掘されています。台地上は現在小公園となり、遺跡を記念して弥生時代後期の復元住居が建っていま した。ただ残念ながら、この復元住居は不審火によって焼けてしまい、現在は残っていません。

 

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