改   耕   碑

 

  市川市域北部の台地と国道14号線との間は、かつての真間の入江跡であり、水はけの悪い湿地の土地柄であった。
 
  明治44(1911)年に当時の八幡町を中心に近隣10ヶ村による耕地整理組合が結成され、放水路(江戸川放水路)の新設・排水路の掘削工事・真間溜の改良工事・真間川への揚水機の設置・畦畔区画の変更工事・河川改修による樋門改築工事が実施された。
 
  大正8(1919)年8月工事は完成し、真間川流域の排水の促進・須和田・菅野の低地帯の開墾・短冊形への農地の整備がなされ、農地の生産性が上昇していった。
 
  改耕碑をバックにした写真は、大正9(1920)年10月に葛飾八幡宮で竣工式が行われた時のものである。

 

 

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