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第1回 市川市行徳臨海部まちづくり懇談会 議事内容 |
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日 時 : 平成12年10月30日(月)18:00〜20:30 会 場 : 南行徳市民センター3階 集会室 出席者 : 西村座長(東京大学教授) 風呂田委員(東邦大学教授) 川口委員(明海大学教授) 松沢委員(行徳地区自治会連合会) 歌代委員(南行徳地区自治会連合会) 佐野委員(市川緑の市民フォーラム) 安達委員(三番瀬フォーラム市川) 丹藤委員(行徳まちづくりの会) 東委員代理(行徳野鳥観察舎友の会 藤原委員代理 (市川市行徳漁業協同組合) 宮崎委員(南行徳漁業協同組合) 米山委員(市川市塩浜再開発協議会) 杉浦委員(市川青年会議所) 竹石委員(都市基盤整備公団) 土屋委員(市川市助役) 事務局(市川市 建設局 本島局長、都市政策室 田草川室長、近藤副主幹)
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(懇談会委員の紹介)
西村 座長 懇談会の趣旨について、事務局の説明を、お願いします。 事務局 「県のほうで検討していただいている埋立計画とは別に、市川市には様々な臨海部の課題があり、行徳地域全体の街づくりについて市川市の考えをまとめるに際し、各方面からご意見をいただこう」との趣旨で、今年度2回、来年度4回の開催を予定している。 西村座長 かなり大きな課題が臨海部にはあり、全体的な構想が埋立問題に阻まれて進んでいなかった。意見交換や情報交換により、一つの方向に向かった構想が出せれば良いのか。 事務局 海と塩浜地区・臨海部・行徳の内陸部を一体とした街づくりの方向性を出していきたい。 西村座長
事務局から大まかな説明があり、細部については回を進める中でお願いするとして、この懇談会では様々な議論ができると思うが、進行方法についての意見や要望等があれば、お願いします。 松沢委員 「第一終末処理場計画地」の残土の山の問題について、昭和56年から約20年近く経過している。 県への陳情もしてみたが、問題解決のための進展がみられない。 現在も新しい残土の搬入や、既存の残土を動かしている状況で、いつになったらあれをやめさせられるのか。 歌代委員 鋼矢板の護岸は、長期間にわたる腐食の進行をどうするのか、また、改修費用を、市が負担するのか、県が負担するのかが問題となる。 現状の解決策として、埋立と同時にやるのか、別の方法でやるのか。 佐野委員 第一終末処理場計画地で残土が盛られている区域の面積と、それ以外の部分の現状を知りたい。 この計画地に対する地元の皆さんの考え方を伺いたい。 松沢委員 計画変更後の跡地利用については、都市計画上の問題と考えているので、私も県や市の考えを知りたい。 地元としては、風向きにより砂埃が舞って窓も開けられず、洗濯物が干せない状況が続いているので、早く片して欲しい。 裁判で決着した箇所の残土は動いていないが、それ以外の区域は、住宅地寄りに山が徐々に高くなっている。 風呂田委員 解決のためには、地権者や地元の方の意向と協力が必要で、まず、地権者の方達の意向を伺いたい。 藤原委員代理 私は地権者でもあるが、あそこは都市計画決定されていて土地利用ができず、何の利用価値もない。今は、市の少年野球広場に貸している。 地権者としては、整地して学校や外かん等の代替地にできるよう、妙典の区画整理のようにして欲しい。 丹藤委員 会として、私達が4年前に市に提案した「ウォーキングトレイル」を中心とした「行徳全体のマスタープラン」を作っている。 沿岸地域・行徳近郊緑地周辺も「みどりの道」に入っていて、現状であるものを活かしつつ、より市民が海や川・山を身近に感じてリゾートとして楽しめる地域とし、若者が自転車などを利用して集まるような「気軽に遊びに来られる地域」としたい。 残土の山はあのまま残して、モトクロス場や入場料をとって遊べる場所・木を植えて楽しく歩けるような散策路・海や鳥を眺めたりできる場所としたい。 海で遊ぶ人達ためのクラブハウスやコミュニティー銭湯を造り、お年寄りや子供達が集まり話のできる「夢のある場所」にしたい。 土屋委員 懇談会の趣旨は、「これまで470haの埋立計画が行徳の街づくりの前提であったが、90haに縮小となったことから新たな問題が多数生じたため、臨海部のまちづくり全体についてある程度白紙の状態に戻して皆さんの意見を聞き、市の中で議論を行い、意見をまとめる」ことであり、その結果は、この懇談会にも報告したい。 市川二期地区計画については、県のほうに議論の場があり、この懇談会では直接的に話し合うことはできないが、行徳の臨海部全体については、「市としての意見は、かなりある」と考えている。 第一終末処理場の計画は、市川二期地区に計画変更することが大前提で、跡地は、公園・区画整理・民間の力を借りるなど様々な提案がある。 残土の問題は裁判で「残土を積み上げることは不適切」との採決を得ているが、実力行使で片付けることはできない。現在は、民間のほうでも係争中で、裁判が終わっても直ぐに残土はなくならず、「積極的な街づくりの施策が行われるようになって初めて解決するのもの」と考えている。 護岸については、埋立が遅れていることと、埋立計画が大きく縮小したことから発生した問題である。 全体の3.3 kmを4区分した場合、最も浦安側の区間は、今のところ崩壊の危険はない。次の1.1
kmの区間は、埋立計画を前提とした護岸の対策が必要である。漁港の管理区間は、国・県の補助をもらって修復していくことが可能である。東側の区間0.6
kmは、恒久的な護岸とするのか暫定的なものにするのかが問題となる。 今、護岸の安全性の調査をコンサルタントに行って貰っているが、「大きい加重や衝撃により、護岸全体に大きな被害がでる」との報告である。(自動車等の加重や振動・大きな波・係留船舶による応力など) これらに対する対策を年度内に整理し、県にも費用を負担していただいて、来年度には補修を行いたい。 西村座長 現時点における第一終末処理場の跡地利用について、市の積極的な将来構想はあるのか。 事務局 今まで内部で検討をしてきたが、報告できるものはまだない。もしここで埋立計画の見通しがつけば、地権者と相談して意向を把握した上で案を作りたいので、現在、それなりの準備をしている。 西村座長 この懇談会で、ある程度積極的なイメージを提示すれば、市としても受け止め易いのではないか。 佐野委員 第一終末処理場の計画面積が48
haから20 haに下方修正されたことにより、現在の計画地内でも建設ができるのではないか。その場合、20
ha以外の都市計画決定をはずすことにより、「跡地の土地利用」について、早期に地域住民と市が取り組めるのではないか。 土屋委員 この事業者である県は、「土地利用等が複層化しているため、埋立地に第一終末処理場を建設していく」とのことであり、市としてはその見解を尊重して行く。 この議論だけを進めていくと、埋立の問題に直接関わってしまい、建設的な話ができなくなるため、今後、回を重ねる中でまた議論が出てくるようであれば、その時に、市の考え方なりを伝えることもいいと思う。 西村座長 このことは、現在、県で検討されていて、何か新しい案が出てきた段階で、また、議論を進めたい。 藤原委員代理 地盤沈下で海が深くなるまでは、自然に種付けされた一枚の網で11月から3月の末まで、ずっと海苔が採れたが、今は人工の種付けをした網を4回位替えなければならないので、とても手間がかかる。 潮の流れが強く、干潮時に網が干出するところでないと「照りと味の良い海苔」がとれない。海苔の漁場が年々沖の方に行き、「ベタ流し」という海中にずっと浸かって浮かせる網での収量が、全体の約80 %になっている。 行徳は味のいい海苔がとれ、昨年の第一回共販では、全国一位でした。息子にも跡を継がせたいが、このままの状態では生計が成り立たず、私達組合としては、後継者を育てないと、自然消滅というか、ダメになってしまう。 一漁民として、二期埋立の賛成とか反対ではなく、良い漁場を作って貰いたい。 アサリは今年、青潮の発生で浦安D地区付近の干潟以外、全滅に近い状態である。平成10・11年度は江戸川放水路の可動堰が開いて、アサリが大体80
%から90 %死んでしまった。 青潮は今年3回位発生しているが、アサリだけでなく海苔をも死滅させてしまう。 漁業者としては、深いところばかりではなく浅い干潟が必要で、良い漁場にして貰えれば、後継者も育つ。今、後継者問題が一番の悩みとなっている。 生産性が上がって、「会社に勤めるよりも海に行って仕事をするよ」と言って貰えるるような漁場にして欲しい。 宮崎委員 東京湾は昭和30年代まではきれいな海で、今では見られないハマグリなど大変多く捕れていたが、沖から真っ赤な海水の帯の「赤潮」を初めて体験した。 今では「赤潮」どころか「青潮」がやたらと湧いて、海のあらゆる生物は死んでしまい、アサリ等貝類の2年ものが捕れず、市場へ出荷できなくなった。 普段、江戸川の水は堰き止められているが、台風等の大雨の時に可動堰が開き、上流の悪水とゴミが下流の沿岸と漁場へ流れ出て、最終的には漁港内に溜まるので、漁船は海へ出られなくなる。これらの後始末には、市や組合員による相当の労力と費用がかかる。 昭和40年頃、浦安漁場が埋立られ、その際に掘られた海底は深い穴だらけとなり、漁業者の恐れる青潮の発生源となってしまった。 千葉県北部の漁場(三番瀬)は、昔から南西の風波にもまれ、沖の海水が入れ替わることにより、海苔及び貝類は生き返った。しかし、浦安の埋立地ができて高層ビル群が連立した今は、南西風が吹いても、屏風を立てられたように大きな風波が立たず、そのためにみんなヘドロになってしまった。 海苔ひびは、昔、葉を落としたカシの木及びシイの木の枝、その後、竹を用いて漁場に立て、自然に海苔が付き、伸びるのを待って収穫していた。昭和15年頃から、シュロやヤシの繊維の海苔網に替わり、昭和30年頃からは今のナイロン製の網になり、海での移動が簡単になった。 当時は皆、自然任せの海苔漁であったため、豊作の年より不作の年の方が多かったが、種付けの良い木更津方面で種付けをするようになり、このことを漁業者は「海苔の移植」と言っていた。 昭和30年頃、海苔の種がかき殻等の二枚貝の固い皮の中に入り「糸状体」を、そして「胞子」を作って夏を越え、秋の9月頃その胞子が緑に熟して海水に飛び出し、海苔網に付くことが分かった。 この頃の行徳界隈は、自動車ではなく馬車や牛車、そしてリヤカーや農船で作物を運んでいたので、海も川も空もきれいで、2月頃になると江戸川河口付近ではシラウオが捕れた。 昭和24年、農地改革に続き漁業制度改革があり、各漁業会は漁業協同組合となり、区画漁業権を設定した漁場で、漁を行うようになった。 昭和40年頃から、「海苔の収穫」と「海苔すき」が機械化され始め、平成に入ってからはオール自動式となり、作業が大変楽になったが、浦安の埋立で潮流がなくなって漁場環境が悪化し、新たな問題が起こってしまった。 安達委員 私達も市の協力得ながら「三番瀬・海辺のふるさと再生計画」というものをまとめたので、次回、ダイジェスト版をお持ちしたい。 行徳の街は、「行徳富士」や「直立コンクリート護岸」など数多くの課題はあるが、良いパーツも沢山あるので、自然をもう少し生かすやり方あるはず。私自身この街がたいへん好きである。 三番瀬だけでなく、行徳野鳥観察舎やカミソリ護岸の江戸川、また、江戸川放水路には海にはいないカニもいる訳で、一つ一つ繋げていけば、面白い街になる要素が沢山あり、是非この懇談会で積極的な提言を出せれば良いと思う。 若い世代は、行徳の街に対する愛着というものが無いと思う。例えば「行徳富士」の近くを車で通ったら、「埃っぽいから窓を閉めよう」との意識程度しかない。夢のある計画を色々作っていくことにより、前向きに物事を考えることができると思う。そんな計画を、ここでも作っていただきたい。 「ふるさと再生計画」の中では、色々な人からかつての海辺についての話を単に聞くだけではなく、そうした話をヒントにして、これからの海辺づくりを提案しているものである。 事前の調査では、「行徳の人達はあまり海に親しんでいなかった」ということを聞いたが、いざ色々な人に話しを聞いてみると、「皆、海に行くのを楽しみにしていた」ということを知って安心した。 「最も身近な海なのに、船でなければ行けない」というのは、「海」として「海辺」としておかしい。ごく一部の人達だけが船で行き、アサリ等の違法採取をしているが、「『自然に親しむ』という中での利用ルール」というものを作っていかなければいけない。 松沢委員 昔、猫実川のような川が行徳や南行徳の町の中を何本も通り、「江戸川」と「海」は繋がっていて、江戸川の水はそれぞれ海へ流れていた。 現在、そういう川は全部道路の中に埋められ、ただ水が流れるだけの都市構造に変わってしまった。 水の流通によって川はきれいになる訳だが、今は低地の住宅を守るため、大潮の時でも排水機場の水門を閉めてしまう。当然溜まる水は各家庭から出る汚い水で、それを長く溜めておけば土壌は腐るので、護岸はコンクリートブロックに変えられ、魚の棲みかがなくなってしまった。 昔の川は全部泥だったので、水辺に草が生えたり、穴に魚が隠れることが出来たけれども、今の川は全部コンクリートの護岸だから、魚の居場所がなくなった。 行徳の海も遠浅で、どこまでも行けたので、私が子供の頃には「なでこ遊び」やいろんなことができた。 西村座長 あと残っている議題として、「市川塩浜駅の周辺」と「行徳近郊緑地特別保全地区」について、意見をいただきたい。 松沢委員 米山委員に伺いたいが、塩浜の工場群は、埋立によって旧市街地から現在の場所に移転してきたのか。 米山委員
全部ではない。あの埋立は昭和32年から48年まで16年間かかり、大きな面積のところは市や県内の事業者では取得できず、日本鋼管・川崎製鉄・神戸製鋼等が取得し、神戸製鋼は10万坪、30万u以上あります。 第一期の埋立は、一次・二次・三次と3回にわたって410 haを埋立たが、第二期の埋立計画は、470 haから90
haになろうとしている。 松沢委員 現在ある工場群が、二期埋立地に移転して貰えれば、新浦安駅周辺みたいな土地利用ができるのだが、現在操業している工場や倉庫の企業が今後移転するについては、すごく大変ではないかと考える。 米山委員
塩浜協議会を構成している各企業は、現在の不況のため、新しい所に移転することよりも、土地の売却を検討している。
都市計画の用途地域を「工業専用地域」から「工業地域」にして貰えれば、高層のマンション等も建てられるため土地の価値も上がり、大手企業の中には、早期売却の指示を受けているところもある。 事務局
京葉線が旅客化され、市川塩浜駅が開設して、埋立計画を踏まえた駅前にふさわしい土地利用をこれまで検討してきた。
時間の経過に伴い、再度検討の見直しが必要となり、各企業の方々の参加も得て検討を進めている。
企業の中には、「用途地域変更の希望」とか、「立地上の条件が良いので、そのまま存続させたい」など様々な意見が出ているが、今後の道路計画や埋立計画等と整合したものとしたい。その経過については、逐次報告して行きたい。 佐野委員
「整備、開発又は保全の方針」の公聴会で、「市民が親しめる海辺を作るため、臨海部の工業専用地域の用途変更の必要性」を発言した。
船橋市の海浜公園は、市民の憩いの場所となっているが、駅からは遠くてその間には工場地帯が続いている。しかし、塩浜駅前は目の前が海で、船橋市の海浜公園以上に市民が海に接することができる場所になりうる。
「ここで工場を続けたい」という企業が多いと、話がまとまりにくいが、「移転を検討している企業もある」とのことなので、これからの行徳臨海部の計画がいい方向に向けられるのではないか。 風呂田委員
検討の範囲としては、市川塩浜駅前だけでなく、市川港や放水路を含めた「海と街との接点」を考えた方が、融通性は利くと思う。
「駅の位置」や「港のあり方」を検討したり、「青潮で一番問題となっている市川航路をどうするのか」ということが、三番瀬の環境に大きく影響してくると思うので、市川港までを含んだ議論をしていきたい。また、その地域の地権者の意向等を教えて欲しい。 土屋委員
470 haの埋立計画が90
haに縮小となった今では、「工業専用地域全体を考えていく」ということは難しくなってきている。
地域の意向は、京葉線と直立護岸と行徳駅からくる都市計画道路に囲まれた地域の40 haの約22社が「土地利用転換」であり、それ以外の地域については、積極的な議論は起こっていない。
用途地域の変更により住宅が建つこともある訳で、そうなると市では、学校や公園などの施設が必要となり、現状の中での住宅建設は、街のあり方として疑念がある。また、高潮対策をどうするか、考えなくてはならない。
市の土地利用転換としては、「住宅」への転用ではなく、「業務だとか働く場の提供」などを考えたい。
海の方に需要が出てくると、人が集まれば必要になる施設「休憩所・トイレ・駐車場等」の整備が課題になってくる。
様々な事情を抱えている企業の意見も、時間をかけながら、都市基盤整備公団等にも入っていただき、議論をはじめている状況です。 東委員代理
行徳野鳥観察舎友の会では、この行徳近郊緑地の中で「以前の行徳の自然復元」を目指し、行政側ではできないことも含めた様々な実験を行い、実効のある提案をしてきた。 < ※:参考
> ・最初の試みは、「丸浜川の水質浄化対策」で、'85年に浚渫され生物のいなくなってしまった川に水車を翌年設置し、生物のいなくなった川辺に、野鳥達が採餌に訪れるまで自然が回復した。 ・次の取組みは、富栄養化の著しい家庭雑排水を保護区内の水深の浅い池に導水し、微生物や多くの生物の活動により水質浄化をさせ、かつてこの地域の蓮田で営まれていた状況を再現することにより、以前生息していた野鳥達を呼び戻すための最善の策として、提案・実施・協力してきた。
「行徳の元々の自然」というのは「湿地を中心としたもの」で、その「素晴らしさへの理解」や「地域の財産という認識」または、「そういう場所と地域の市民社会との関係」が問題になっている。
良好な自然がこの中に再現できていて、普段は自然環境の維持のために「人が入れないようにしている」が、「人を入れて欲しい」という意見もあって、一部観察路を設定した。
臨海部全体を考えるときに、湾岸道路の「騒音」と「内陸と臨海部を分断する障害物」としての問題は大きい。 杉浦委員
街を元気にするには、「大きな企業や私達のような中小企業も元気にならないといけないし、市川市の財政も豊かでなければいけない」と考えるが、住工混在等の問題で、大きな企業が移転して行くことを残念に思う。
行徳富士からは、行徳の野鳥観察舎・三番瀬・護岸の末端までなど、今問題となっている地域が全部見えるほど眺めはともいいが、これを崩すというのも大変だなと感じてる。
先程の話のように、砂の飛散やダイオキシンの問題もあるが、「このままにしておく」というのも、一つの案かなと思う。
護岸は現在立ち入り禁止にしてあるが、「あれはいつ崩落してもおかしくない」と考えるし、10tトラック等が穴の脇にとまっている状況で、事故があった場合、市川市の責任でよいのだろうか。
浦安側はとても近代的な街並みで、船橋側はザウス等が見えてちゃんと街ができているのに、市川だけは取り残されている状況を実感する。だから、「残った状況を利用して街づくりができないか」と思う。 竹石委員
公団という立場から都市の基盤整備を行い、行政のお手伝いをさせていただいており、様々な意見や注文に対して答えて行くことになると思う。
今までの事業の成果や反省によると、「『街の賑わい』とか『自然を残す』ということは、地元の方々の参画が必要で、行政主体だけではうまく行かない」と考えるので、この懇談会での街づくりの中で、活かしていければと思う。 西村座長
今後の進め方について何か意見や提案はありませんか。今回は5つのテーマについて話し合ったが、次回からは、テーマを1つか2つに絞り、その詳細な資料を用意していただいて進めることでいかがか。
どれをテーマにするかは、今日の話題の順番が関心の順番かと思われるので、それぞれの発言のバランスが良くなるように、選んで提案していきたいが、次回の懇談会はいつ頃になるか。 事務局
後日、日程調整をさせていただきますが、資料を準備する都合もあり、来年の1月か2月頃を予定している。その頃には、県のほうの検討も進み、また、ご連絡をさせてもらいたい。 土屋委員
先程の情報提供の件は、追加でも結構ですので、要請いただければ様々な情報の共有化をしたい。 西村座長
そのためにもこの懇談会は、重要な場所ですから、宜しくお願いします。 佐野委員 今日、丹藤委員と安達委員から「街づくり提案」がありましたが、私達が考えたものもあるので、それも提出して構わないですか。 事務局
事務局に提出していただければ、事前に皆さんにお送りします。 丹藤委員
「高潮対策」の資料を見せてもらいたい。 西村座長
個人的に行徳富士に登ってみたいが、この懇談会では難しいですか。 松沢委員
確かに眺めは良くて登るのは構わないが、問題なのは、あの辺りでは六価クロムの問題で、土を掘り返して土を入れ替えた経緯があるから、仮にケガをした場合に、必ず市の責任になってくると思う。
何が入っているのかわからない砂を崩すのに、「大金が掛かり、大変だから残す」というのであれば、コンクリート等で覆い安全性を確保できれば、それはそれで有効利用できるかとも思う。 土屋委員
安全性の問題については、あれを掘って全部調べた訳ではないが、周辺での大気に係るダイオキシンとか、表面土壌の重金属とかを確認して、特段大きな影響はない。 松沢委員
問題なのは、「あそこの山が高いため、降った雨が全部住宅側へ流れてくる」ということを認識して貰いたい。 西村座長 大変活発に、なおかつ建設的なご意見を沢山いただき、次回も引き続きよろしくお願いします。これで第1回目の行徳臨海部街づくり懇談会を、終わりたいと思います。
<閉会> (第1回議事内容) |
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