◆  市川自然博物館だより  ◆

12・1月号

やさしい生態学 5

江戸川放水路

市立市川自然博物館  1994年12月1日発行

特集記事 街かど自然探訪 行徳野鳥観察舎だより いちかわの野生生物 観察ノート

 



特集記事



やさしい生態学 第5回 江戸川放水路

沖合の浅瀬・三番瀬とともに果たす役割とは……

 『江戸川放水路』は、外見で見る限り、川にしか見えません。しかしその実態は、東京湾の入り江と呼ぶほうがふさわしい環境です。埋め立てが進行し、干潟や浅瀬が次々に姿を消した東京湾において、その存在はどういった意味をもっているのでしょうか。今回は、沖合に広がる浅瀬・三番瀬と併せて、東京湾における役割を紹介します。

東京湾の入り江

 大正時代、増水時の江戸川の水を東京湾へ流すための水路が作られました。長さ約4キロメートル、江戸川が南西に曲がる地点から東京湾へ一気に抜ける水路です。これが、江戸川放水路です。
 江戸川放水路は、構造上、上流側を江戸川、下流側を東京湾に開口しています。しかし上流側には、増水時のみ開放される可動式の堰があるため、普段、江戸川の水が入ってくることはありません。江戸川放水路には、下流の東京湾側から、潮の満干によって海水が出入りしています。つまり、東京湾の入り江です。

放水路の位置(sz351.gif、約9KB)

江戸川放水路と三番瀬

 江戸川放水路の沖合には、三番瀬と呼ばれる浅瀬が広がっています。三番瀬は自然豊かなことで知られる浅瀬ですが、じつは三番瀬と江戸川放水路は、互いに相補ってひとつの環境をつくりだしています。それは、浅瀬・干潟・ヨシ原と続く一連の環境です。三番瀬の浅瀬が江戸川放水路まで延び、そこで、干潟、ヨシ原とつながっているのです。
 浅瀬から干潟、ヨシ原と続く一連の環境−−かつての東京湾岸で普通に見られた海辺の姿が今、この一帯に残されています。

マハゼと浅瀬・干潟(sz351.gif、約5KB)

ひとまとまりの生態系として

 江戸川放水路・三番瀬一帯には、浅瀬や干潟に特有の要因(豊富な有機物、水底まで届く太陽光、たっぷり溶け込んだ酸素、海水や砂・泥が生み出す多彩な生活空間……)によって、魚類、貝類、甲殻類をはじめとするさまざまな生物が生息しています。
 そのうち、例えばマハゼは、三番瀬かその近辺にあると推定される産卵場で誕生し、江戸川放水路の干潟や三番瀬の中でも浅い場所で成長し、再び深い方に戻って産卵するという一生を送っています。つまり、誕生から死に至る過程のすべてを、この一帯で送っているわけです。
 似たような感じで、さまざまな生物がこの一帯で一生を送っています。そしてその過程で、互いに他の生物との間に食う食われるのような関係を結んでいます。それは、いわばひとつの生態系です。ですから、江戸川放水路・三番瀬一帯には、ここで一生を送る生物によって築かれた、ひとつのまとまった生態系が存在しているといえます。


スズキと浅瀬・干潟(sz353.gif、約4KB)

東京湾全体の生態系の一部として

 一方、一生のある時期だけをこの一帯で過ごす生物もいます。例えば東京湾全域で広く見られる魚・スズキは、富津岬の南、湾口部一帯にある産卵場で誕生し、その後の幼魚期を江戸川放水路・三番瀬などの浅瀬や干潟、あるいは河川に入り込んで送ります。そして成長につれて、生活圏を湾全体へと広げていきます。誕生から死までの過程を東京湾全体で営んでいるわけです。
スズキは、江戸川放水路・三番瀬一帯で一生を送る生物(あるいはそれらがつくるひとまとまりの生態系)にとっては闖入者のような存在です。波が静かで餌の豊富なこの一帯で、幼魚の一時期を過ごすにすぎないからです。
 しかし、次のように考えることもできます。すなわち、江戸川放水路・三番瀬一帯に見られるような小さなひとまとまりの生態系が、同時に、スズキの一生を支えるような東京湾全体の大きな生態系の一部としても機能している、ということです。


イシガレイと浅瀬・干潟(sz354.gif、約4KB)

他では置き換えられない役割

 埋め立て進行以前の東京湾では、沿岸一帯に途切れることなく浅瀬と干潟が広がっていました。ですからその当時なら、小さなひとまとまりの生態系と全体の大きな生態系という見方はできなかったかもしれません。湾全体が、湾央の深みから浅瀬・干潟・ヨシ原と連続する、ひとまとまりの環境だったからです。現在の状態というのは、それらが埋め立てによって分断され、小さなひとまとまりの生態系があちこちに島のように残った状態と見ることができます。
 こういう浅瀬・干潟は、規模の大小こそあれ似たような環境です。しかしなかには他で置き換えられない役割がある場合もあります。江戸川放水路・三番瀬一帯だと、イシガレイの産卵場としての役割がそうです。ここが東京湾で唯一の産卵場で、湾全体のイシガレイが集まるからです。また、誕生した幼魚の生育場としても重要で、春先には体長2cmほどの小さな幼魚が、この一帯で数多く見られます。
 東京湾の浅瀬・干潟は、激減しつつも、まだ残っています。人工海浜も増えてきました。しかしイシガレイの場合、もし江戸川放水路・三番瀬一帯の環境が損なわれるようなことがあれば、他に浅瀬・干潟が残っていても大打撃を受けてしまうのです。

陸から海を想像する

江戸川放水路は、海の自然を観察するのに適した場所です。そこでは、ボートも潜水用具も要りません。長靴を履いて、簡単な網を持って干潟の水際を歩くだけで、例えば6月頃ならマハゼの幼魚の群れを見ることができます。投網を打っている人(結構います)の成果をのぞかせてもらえば、イシガレイやコトヒキの幼魚が入っていることもあります。抱卵した親ガニが5月に見られたかと思うと、9月には小さな稚ガニが出現しています。
 簡単に見られる干潟の生物は、もちろんそれ自体でおもしろいものです。でも、できれば、それらが一生をどこでどう送っているのか、他の生物とはどうかかわり合っているのか、そういう事も考えてみて下さい。それは、そのことを通じて江戸川放水路というちっぽけな場所から、沖合の三番瀬、さらには東京湾全体の生態系までが見えてくるからです。

(参考文献〕

 今回扱わなかった、江戸川放水路そのものの環境や生物については、『江戸川放水路 自然環境と生物』(発行:自然博物館)をご覧ください。

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街かど自然探訪



塩浜・今なお続く東京湾漁業

 地図で塩浜1丁目のところを見ると、「市川漁港」と記されています。市川に漁港なんてあるの? と思われる方も多いと思いますが、ここには名前どおりに「漁船」が係留されています。このうち、小型底引き網船は木更津沖など東京湾各所でおもに魚をとるのに、""ベカ船"は沖合の浅瀬で貝(アサリなど)をとったり海苔を養殖するのに使われています。
 ちなみに市川市では平成4年度で、魚類169トン、貝類1,740トンの水揚げと、海苔2,186万、5,000枚の生産がありました。

漁船と魚(sz355.gif、約6KB)

 


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行徳野鳥観察舎だより



冬じたく

カット(sz356.gif、約2KB)  冷え込みがきつくなって、木々の紅葉がめだつようになった。冬鳥のオオジュリンやツグミはこがらしが吹くたびに数を増す。アオジやジョウビタキなどは一時、あたりにあふれるが、また移動を続けるらしく数が減る。
冬に備えての干し草集めが終わって、置場は天井までいっぱいになった。春までの分およそ 150袋。雨や風邪ひきの合間を縫ってあわただしく集めたものだ。野鳥病院のコンクリートの床に敷いて、水鳥が足を傷めないようにする。敷き草替えは少々しんどい作業だが、乾いてふかふかした草の上でのんびりすわりこむカモはいかにも気持ちがよさそうだ。気になっていた浄化池のホテイアオイ除去も終えた。
 さあ、冬がいつ来てもこわくないぞ。

(文と絵:行徳野鳥観察舎 蓮尾純子 )

 

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いちかわの野生生物




キュウシュウノウサギ (Lepus brachyurus brachyurus)

ノウサギの足跡(sz357.gif、約2KB)  市川をはじめとして、関東以南にすむノウサギはキュウシュウノウサギという亜種で、まばらに開けた雑木林や原野を好み、市川市内では北部の台地地域を中心に生息が確認されています。
ノウサギは単独で生活しており、夜行性で警戒心が強いため、滅多に姿を目にすることはできません。しかし、柔らかな畑土や雪の上に残された足跡や、糞、食痕などの生活痕跡によって、その生息を知ることができます。
 特にノウサギは、走る時もゆっくり歩く時も後肢を揃えて跳ねるのが特徴で、前肢を前後に着地してから後肢を前肢の前に着地するため、他の動物とは異なる足跡が残り、見分けも容易です。
 イタチや猛禽類のほかにノイヌやノネコも天敵となり、走って逃げるしか身を守る方法を持たないノウサギには、安全に身を隠す広い林や原野が少ない都市化された環境でくらしていくのはたやすくはないようです。

 

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わたしの観察ノート No.17



   いろいろな冬鳥や渡り鳥が顔を見せるようになりました。

◆大町自然観察園より
以上 須藤 治(自然博物館) 
 以上 石井信義さん(菅野在住) 

◆柏井雑木林より
◆こざと公園より
◆南大野より
◆北方遊水池より
◆新田より
◆坂川河口より

 

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