◆  市川自然博物館だより  ◆

10・11月号

「都市と生物」 第4回

セイタカアワダチソウ

市立市川自然博物館  1995年10月1日発行

特集記事 街かど自然探訪 行徳野鳥観察舎だより ちょっと、いい所 観察ノート

 



特集記事



「都市と生物」第4回 セイタカアワダチソウ

 私たちの身の回りには、多種多様な帰化植物がみられます。市川市内で1989年までに記録された 950種余りの野生植物のうち、およそ 140種が帰化植物です。セイタカアワダチソウは、私たちの身近な空き地や放棄田、河川敷などで大繁殖していて、秋には鮮やかな黄金色の花で一面を埋める代表的な帰化植物のひとつです。この特集では、セイタカアワダチソウの大繁殖について考えてみます。

市川への侵入は1950年代後半?−−−−−

 セイタカアワダチソウは北米原産で、日本へは1900年はじめ(明治30年頃)に侵入したといわれています。急に目立つようになったのは1950年代で、九州北部から全国へ拡がったと考えられています。
 1951年に市川市内の帰化植物を調査した報告では、セイタカアワダチソウの名はあげられていません。その後1955年から1957年頃には、江戸川河川敷の東京都側で定着がみられ、市川市側にはごくわずかが侵入していたようです。そしてわずか数年で急激に増加し、1963年には市川市内の各所で生育旺盛なセイタカアワダチソウの群落がみられ、さらに増加する傾向であると報告されました。
 この時期、急速な経済成長によって、造成地などの裸地や放棄された耕作地、埋立地などの著しく都市化された土地が次々と出現しました。セイタカアワダチソウは、こうした都市化によって植生が破壊された土地へどんどん拡がっていきました。
 セイタカアワダチソウが急速に大繁殖したため、「在来の植物が駆逐されてしまう」「外来の植物に日本の自然景観が破壊される」などと大きな社会問題になりました。さらに、この花の花粉が空中に飛び散り、花粉症や小児喘息の原因になるという誤った説が広まり、セイタカアワダチソウは悪者としてとても嫌われることになりました。
 1970年頃には、全国的に雑草撲滅運動が活発となり、一般に「草刈り条例」と呼ばれる条例が各地で制定されました。市川市でも1969年12月に同様の条例がつくられ、以後頻繁に草刈りが行われることになりました。しかしセイタカアワダチソウの勢力はあまり変わることなく、現在では市川の風景に溶け込んでいるようです。

セイタカアワダチソウの生態的特性−−−

<種子の生産と散布>
 植物はみずからの子孫を残し、新しい土地へ進出していくために種子をつくりだします。短期間のうちに広範囲に分布を拡げたセイタカアワダチソウも全ては種子から始まっているのです。
 セイタカアワダチソウは花の時期になると、円錐状の花序に多数の小さな頭花をつけます。市内の高校生の研究によると、ひとつの個体に3,000〜17,000もの頭花がつきます。ひとつの頭花には、平均16個の種子 (果実) が実ります。全ての頭花が種子を実らせるとすると、じつに5万〜27万個もの種子が一個体から生み出されるのです。
 セイタカアワダチソウの種子は 100粒あたり 6.1mgと大変軽く、さらに冠毛を持っているため、風によって容易に飛ばされます。1本のセイタカアワダチソウから27万個の種子が風によって飛ばされていく様子は、まさに「泡立つ」ようです。そして、大量の種子が広範囲に拡がり、様々な環境の新しい場所へ行き着くことになります。
 新しい土地へ到達した種子は、そこで発芽できなければ生育することができません。
 セイタカアワダチソウの発芽条件を調べてみると、光の当たる明条件下では、10〜30℃という幅広い温度範囲で、80%以上の種子が発芽します。しかし光の当たらない暗条件下では、どの温度でも15%以下の低い発芽率になってしまいます。
 こうした性質からセイタカアワダチソウの発芽生育に適した環境を考えてみると、温度変化が激しいが明るい、裸地や一年生草本の生える草地が適しているようです。都市化により急増した裸地や放棄耕地などはセイタカアワダチソウの生育にぴったりの条件だったのです。
 すでに他の植物が群落をつくっていて芽生えが生育できない暗い条件では発芽せず、種子は土中で幾らかの期間死なずに発芽の機会を待つことになります。草刈りなどで、上部の群落が取り除かれて明るくなると、発芽し芽生えが生育するチャンスがやって来ることになります。

生活サイクル(sz401.gif、約8KB)


<急速な生長と栄養繁殖>
 運よく発芽に適した裸地や放棄耕地に到達したセイタカアワダチソウの種子は、秋の終わりに発芽し、茎を伸ばさずに葉を何枚も広げてロゼットを形成します。ロゼットは地面にはりつくようにして寒い冬も少しずつ生長し、暖かくなると新しい大きな葉を根際に増やし、茎が伸びはじめます。
 4月から7月にかけて茎の伸長は著しく、月平均60cmも伸びるという研究例もあります。密生した群落では、互いが競り合って2mを越すほどになります。茎の伸長とともに、葉を上部に集中させて効率よく光を利用するため、たちまち群落の内部は暗くなります。他の植物はセイタカアワダチソウに上部を覆われ、強い被陰を受けるようになり、明るい条件を好む植物は、セイタカアワダチソウと共存できなくなります。
 セイタカアワダチソウは、地上部を生長させるとともに栄養分を貯蔵する地下茎を伸ばしていきます。そして地下茎の先や途中から芽を出して、新たなロゼットをつくり株を増やす栄養繁殖によって、もとの群落からどんどん勢力範囲を拡げていきます。
 また地下茎に栄養分を貯蔵しているため、草刈りに対しても再生力が強く、他の植物に先がけて短期間で群落を復元できます。
 さらにセイタカアワダチソウの地下茎からは、植物の発芽や生育を阻害する他感作用(アレロパシー)をおこす化学物質が土壌中に出されます。
 こうした化学物質の作用や急速な伸長による被陰によって、他の植物が入り込めないセイタカアワダチソウだけの純群落ができるようです。

人間が支えた大繁殖−−−−−−−−−−

 セイタカアワダチソウは、都市化によって生まれた裸地や放棄耕地などに進出し、生育するのに適した、種子の大量生産、広範な種子散布、ロゼットによる越冬、急激な生長、栄養繁殖による株の増加、地下茎による物質貯蔵、他感作用物質の分泌などの優れた強い競争力を持っています。
 しかし多年生のオギやススキ、ヨシなどの安定した群落には、セイタカアワダチソウといえども簡単に入り込むことができません。たとえ侵入しても、光に対する競争に敗れて大きくなることができないのです。
 また、セイタカアワダチソウの純群落も放置され自然の営みにまかせると、やがてつる植物やオギ、ススキ、ヨシなどが入り込み勢いが衰えてきます。
 ところが、草刈りなどによる植生や土壌への人為的攪乱が繰り返し行われると、再びセイタカアワダチソウの勢いが盛り返してきます。皮肉にもセイタカアワダチソウの繁茂を嫌った人間による「草刈り」がその勢力の維持にひと役かってきたわけです。

繁茂のメカニズム(sz402.gif、約5KB)


 こうしたセイタカアワダチソウのありようについて、帰化植物の生活について詳しい千葉県生物学会副会長の岩瀬徹さんは、その著書の中で、「その旺盛な進出ぶりと、派手な花の色などから多くの人に嫌われ、悪い帰化植物の代表のようにいわれた。しかしあき地をみどりで埋めた植物としての価値は認めないわけにはいかないし、最近はその勢力も峠を越した感があり、やがては植生の中にある地位を占めて落ちつくであろう」と述べられています。
 都市化による自然の攪乱と密接に関係したセイタカアワダチソウの大繁殖。高度に都市化が進む市川において、私たち人間も自然界の営みに無関係ではないのです。

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街かど自然探訪



カット(sz403.gif、約5KB) 下妙典・蓮田の記憶

 下妙典に蓮田が広がっていたのは、それほど昔のことではありません。昭和62年に埋め立てが始まるまで、ここにはいくつもの蓮田が水をたたえ、池があり、ヨシ原が広がっていました。この場に身を置かないまでも、東西線の車窓から見た蓮田の風景を覚えている方は多いと思います。
 しかし、ここも行徳の一角。首都圏の貴重な住宅地として、今まさに生まれ変わろうとしています。

 


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行徳野鳥観察舎だより



キノコの季節

カット(sz404.gif、約2KB)  「あれっ」思わずぎょっとした。地面にころっとあんパンが置いてある。それも2個。人が入らない保護区の中だ。近づいてみると、なんと大きなキノコではないか。形、大きさ、色合いまでまさにあんパンかメロンパンそのもの。ふっくらしていて手触りは固い。
 おそらくノウタケでいいのだろう。若いうちは食用にできるそうだ。もう少し時間がたつと脳のようにしわがより、やがて茶色の液を出して溶けてしまう。有機質の多い地上に生えるそうだ。これまでも何回か見ているが、こんなにおいしそうに見えたのは初めてだ。
 ススキに寄生するナンバンギセルの花もそろそろ盛り。葉緑素のない寄生植物はどれも一風変わった魅力がある。秋の楽しみの一つ。

(文と絵:行徳野鳥観察舎 蓮尾純子 )

 

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ちょっと、いい所




トノサマバッタをとろう 坂川河口

カット(sz415.gif、約7KB)  かつて一世を風靡したTV番組「仮面ライダー」のモデルになった(と思われる)トノサマバッタは、その大きさや形、色つや、どれをとってもカッコよく、バッタの王様といえる存在です。
 しかし、かつて普通だったこのバッタも市内では少なくなり、トノサマバッタ採りのポイントは、坂川河口(里見公園下の江戸川河川敷)など数える程になりました。
 採り方は簡単です。河川敷の土手や草原を歩いていると、美しい黄緑色の翅を広げて飛び立つので、それを追いかけて採るわけです。地面にとまったところに上から網をかぶせても楽勝です。

【坂川河口への交通】
 JR市川駅より「松戸駅」行きのバスで「国立病院」下車、里見公園の脇を下り、羅漢の井で右折。川沿いに進んだあたりの草原がお勧め。

 

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わたしの観察ノート No.22



◆大町自然観察園より−−−−−−−−
以上 須藤 治(自然博物館) 
 
以上 石井信義さん(菅野在住) 
セスジツユムシ、クツワムシ、ハヤシノウマオイ、クサキリ、ササキリ、ツヅレサセコオロギ、オカメコオロギロの仲間、エンマコオロギ、アオマツムシ、カンタン、カネタタキ、ケラ
金子謙一(自然博物館) 

◆南大野より−−−−−−−−−−−−
佐藤俊一郎さん(南大野在住) 
以上 高畑道由さん(南大野在住) 

◆北方遊水池一帯より−−−−−−−−
以上 石井信義さん 

◆真間山より−−−−−−−−−−−−
 
根本貴久さん(菅野在住) 
     ※写真も送っていただきました

◆国府台より−−−−−−−−−−−−
 
照井文隆さん 

◆坂川河口より−−−−−−−−−−−
 
須藤 治 

◆行徳橋付近より−−−−−−−−−−

◆江戸川放水路より−−−−−−−−−
 
以上 金子謙一 

◎今年の夏は梅雨明け十日以降も晴れが続き、9月中旬まで暑い日々でした。


 

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