◆  市川自然博物館だより  ◆

8・9月号

配慮したい市内の野生生物 (3)

あと、数年で市内から姿を消すかもしれないタゲリ

市立市川自然博物館 1997年8月1日発行

  特集記事  街かど自然探訪  行徳野鳥観察舎だより  むかしの市川  観察ノート

 




特集記事



配慮したい市内の野生生物  (3)   鳥

 さまざまな面で配慮が望まれる市内の野生生物についての特集−第3回は鳥です。鳥は、行動圏がひじょうに広く、多くの種類が市域の範囲を越えて生活しています。そのため、市川という地域に限定して考えるには、むずかしい面があります。今回は、市川という地域の利用のしかたを軸に、配慮が望まれる種類のいくつかを紹介します。

市内で繁殖する

  子孫を確実に残すという意味で、繁殖地として市川を利用する鳥には、なによりも配慮が求められます。繁殖は、ふだんの生活とは異なる、特殊な行為です。いくつもの条件が整っていないと、生活はできても繁殖にまでは至りません。市内で繁殖する鳥には、年間を通じて市内で生活し、かつ繁殖もするタイプ(モズ、カワセミなど)と、繁殖のために渡って来るタイプ(オオヨシキリ、アオバズクなど)がいますが、その実態はあまりよくわかっていません。
  フクロウは、市内では小塚山周辺や自然観察園周辺で、高い頻度で観察されます。しかし市内での繁殖例は稀で、平成6年と7年の真間山のものしかありません。姿を見るわりに繁殖例が少ないのは、巣を作るのに適した樹洞のある大きな木が、市内の林にほとんど残っていないからです。その 証拠に自然観察園では、林にかけた巣箱を利用して平成4年と6年にフクロウが繁殖に成功しました。巣を作る条件さえ整えば今でも市内で繁殖できるわけです。
  フクロウは、現在は単に生活の場としてだけ、市川という地域を利用しています。しかしそれは、繁殖するための条件が市内から失われた結果に過ぎません。フクロウという鳥と地域とのかかわりを考えた場合繁殖という面での配慮が必要です。
  コアジサシは、海辺や河原の砂の地面に巣を作って繁殖する鳥です。冬はオーストラリアで、夏は日本などで過ごし、日本には繁殖のために渡って来ます。コアジサシの大半は日本で繁殖すると言われ、日本はコアジサシの繁殖地として世界的に重要な場所になっています。
  市内には、コアジサシの繁殖に適した広い面積の砂地はありません。埋め立てなどの大規模な土地造成の途中に一時的に適地が出現することがあり、その時には多くのコアジサシが繁殖しますが、砂地の環境は放置すればなくなってしまいます。コアジサシの繁殖地としての世界的な責務の一端を担うのは、むずかしい課題です。

市内で越冬する

  市内で冬を過ごす鳥は様々で、それぞれが決まった環境で越冬します。カモなら水辺、小鳥類なら林や草原といった具合です。
  タゲリは、水田で群れをつくって冬を越します。かつて市内では、大柏川流域などで数十羽ほどのタゲリの群れを簡単に見ることができました。しかし最近では10羽を越す群れは珍しく、市内で越冬するタゲリの数は年々減りつづけています。
  越冬するタゲリが減った大きな原因は、水田の減少です。冬の水田で泥の中にくちばしを突っ込んで餌を漁るタゲリにとって、水田の埋め立ては餌場を失うことを意味します。市内の水田は、バブル経済期以降、大幅に埋め立てられました。タゲリが来なくなったのも、当然と言えます。
  ただし、もっと広域的な視点で見ると、タゲリは特に減少している種類ではありません。近隣地域でも、たとえば隣の船橋市ではまだタゲリの群れを見ることができますし、いわゆるレッドデータブック(「日本の絶滅のおそれのある野生生物」環境庁編)にも、タゲリの名は見つかりません。
  タゲリは、日本の本州以南の地域で数多く越冬します。列島全体で見れば、国内にはまだまだ多くの水田があり、日本は今なおタゲリの越冬地として好適な環境にあると言えます。そんな中、市川という狭い範囲(鳥にとって)について言えば、水田が大幅に減少し、タゲリの越冬地としては機能しなくなったというわけです。
  近い将来、タゲリは市内から姿を消すことになります。国内の状況と地域の状況の差をどう受け止めればいいのでしょう。

渡りの途中に立ち寄る

  シギやチドリの仲間は、多くの場合、繁殖地と越冬地が遠く離れた場所にあります。そのため、一年の大半を長距離の渡りに費やして過ごしています。市内で見られるシギやチドリも、繁殖地が北極周辺、越冬地が東南アジアなどの赤道地帯にあるような種類が多くあります。ダイシャクシギ、オオソリハシシギ、キョウジョシギ、メダイチドリといった種類です。
  これら長距離の渡りをする鳥にとって、日本は渡りの途中に立ち寄る中継地として重要な機能を担っています。渡り鳥といっても、地球の四分の一周もの距離を一気に飛んでいくわけではありません。途中、何か所もの中継地で休息・採餌を繰り返しながら、ゆっくりと移動していきます。中継地は、長い渡りを成功させる上で、欠くことのできない場所なのです。
  キビタキやオオルリ、サンコウチョウ、センダイムシクイといった種類にとっても、市川は渡りの中継地です。これらの種類は、南から渡ってきて、国内の山間部で繁殖しますが、その渡りの途中に市川を通り、やはり休息・採餌をしていきます。
  シギやチドリの仲間が休息し、餌をとる場所は干潟です。市内では江戸川放水路や行徳鳥獣保護区がおもな場所です。また、キビタキなどが羽を休めるのは林です。国府台・北国分地区の林や、大町・柏井あたりの林でよく観察されます。これらの渡り鳥は、市内にそれほど長く滞在するわけではありません。しかし市川という地域が、国を越えて連続する中継地のひとつであることは間違いありません。

広い行動圏をもつ

  タカやハヤブサの仲間は飛翔力に富み、広い行動圏で生活する鳥です。繁殖期を除けば広域的に出現し、市内でもオオタカ、ツミ、サシバ、チュウヒ、チョウゲンボウなどの種類が、比較的多く観察されています。ただ、それぞれの種類と市川という地域とのかかわり方は様々で、例えばサシバは、県北部などで繁殖したと思われるものが南へ渡る時に市内を通過し、チュウヒは冬を過ごすために渡ってきたものが行徳鳥獣保護区などで越冬します。ツミは、明らかに繁殖の目的で飛来することがあり、過去に何回か、市内の林で巣作りをおこなっています(繁殖には至らなかった)。
  オオタカは、冬季を中心に市内各所で姿が目撃されています。自然観察園や柏井雑木林、里見公園周辺、北方遊水池一帯、行徳鳥獣保護区などです。多くは幼鳥の飛来ですが、成鳥が観察されたこともあり、また柏井雑木林ではキジバトを捕らえて食べている場面も目撃されています。
  オオタカにとって、市川という地域はどういう位置づけになるのでしょう? オオタカは林内に住む鳥で、ふだん小鳥などを餌にしています。大きな林であれば、そこに住み着いていると言うこともできるのでしょうが、市川やその周辺にはひとまとまりの大きな林はありません。おそらくは点在する林を行き来しながら暮らしていると思われます。
  南に東京湾、西に東京23区という場所にある市川は、県北部に点在する林の南西縁にあたります。同時にそれは、オオタカの行動圏の縁にもあたっていると思われます。

セイタカシギの位置づけ

  長いピンクの脚が美しいセイタカシギは1960年頃までは、国内では非常に稀な鳥とされていました。それが、1975年に愛知県ではじめて繁殖が確認され、千葉県でも、1978年以降、毎年繁殖するようになりました。千葉県での繁殖の中心は行徳鳥獣保護区ですが、最近は数が増え、冬の江戸川放水路では数十羽の群れが普通に見られるようになり、東京湾岸の各地でも普通に見られるようになりました。
  このセイタカシギは、前出のレッドデータブックでは希少種に指定されています。しかし、これには若干、疑問が残ります。というのも、セイタカシギは、現在、増加傾向にある種類だからです。もともとがゼロからの出発であったので、いま現在、確かに国内において多いとは言えません。繁殖地は限られていますし、その繁殖地においても、毎年、安定して子育てに成功しているわけではありません。その意味では、いまは確かに希少な状態にあります。でもたくさんいたものが減少し絶滅へ向かっているのとは事情が違います。
  セイタカシギは、人為的に日本に持ち込まれた帰化動物ではありません。自らの意思と力で日本に、そして市川に住み着きました。ですからその存在は、当然、市川という地域の自然として扱われるべきです。また、市内での繁殖場所が1か所しかないということを考えれば、配慮が望まれる種類と言うこともできます。ただ、ちょっと特殊な経緯をたどってきているということも、理解しておく必要があります。

 


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街かど自然探訪



新浜・いまはむかしの千鳥猟

  新浜は、かつては鴨場あたりが海岸線で、その前面には広々とした干潟が広がっていました。そこは「新浜御猟場」と呼ばれた皇室の御猟地で、鴨場ではカモ猟、干潟では千鳥猟、湿地ではクイナ猟が行われていたそうです。
  千鳥猟は、笛で鳥を呼び寄せて捕らえる猟です。鳥の習性に熟知してこそできる猟ですが、当時は本当にたくさんの鳥がいたそうです。鳥が減り時代が変わり、この猟を見ることも二度とないでしょう。

 


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行徳野鳥観察舎だより



ウミネコ

  暑さがやわらぐ夕暮れ時、満ちてくる潮に追われて鳥たちが飛びたちます。
  ミャオ、ニャーオ、と猫のような声で鳴くウミネコはカモメの一種。野鳥病院に収容されている仲間の呼び声が気になるらしく、飛び去る前に建物の上を何度も鳴きながらまわっています。

  海水浴場などで見かけるカモメは、たいていはこの種類。東北や日本海側の小島や岬で繁殖しています。千葉県では繁殖していないので、7月ごろまでは見られるウミネコは2〜3才の若い鳥がほとんど。8月に入ると、ぴかぴかの成鳥や、この春生まれのチョコレート色の若鳥がまじるようになります。
  黄・黒・赤の3色の嘴と尾羽の太い黒帯が特徴。年齢による羽色の変化にも、ご注目を。

(文と絵:行徳野鳥観察舎 蓮尾純子 )

 

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むかしの市川



 牧  場


 昭和24、25年頃は、菅野広小路から北側は人家が少なくなり、道路の東側は田畑が多かったと思います。その頃、昭和学院の南側に牧場がありました。放牧ではありませんが、牛舎が続き、何十頭かの牛が飼われていて、牛の鳴き声もするし、道路から中をのぞくと牛の姿や働いている人々の姿をよく見ることができました。しかし、都市化するにつれ、牧場を続けることができず、土地を売り、寮が建てられました。
 この頃、市川の他にも牧場はいくつもあったようで、鬼越駅の北側、北方地区(現北方1〜3丁目)だけでも3か所に牧場があったそうです。そして、鬼越駅から5、6分のところにあった牧場は、昭和48、49年まで牧場経営をしており、常時50頭前後の乳牛を飼育していたそうです。この地域にあった他の牧場はもう少し早くやめていたそうです。

(博物館指導員 鎗田安之 記)

 

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観察ノート



◆大町自然観察園より....
以上 金子謙一(自然博物館)
須藤 治(自然博物館)
鎗田安之(自然博物館)
宮橋美弥子(自然博物館)

◆柏井雑木林より....
◆北方遊水池より....
◆東国分中学校付近より....
以上 金子謙一(自然博物館)

◆国府台3丁目より....
◆真間山より....
◆堀之内貝塚公園より....
◆小塚山市民の森より....
◆菅野2丁目より....
以上 根本貴久さん(菅野在住)

◆江戸川放水路より....
金子謙一

 ◎5月下旬に雨の日が多くなり、その後6月9日に梅雨入りしました。

 

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