◆  市川自然博物館だより  ◆

第61号 (1999年4・5月号)

特集「川かんさつ」 1

市川の川

市立市川自然博物館 1999年5月20日発行

 特集記事  街かど自然探訪  レッドデータブック掲載種紹介
 くすのきレポート  むかしの市川  観察ノート





特 集  川のかんさつ  



川のかんさつ 1 市川の川

  今年度は、市内の川について特集します。江戸川ではなく、真間川などの小さな川を取り上げます。
 
  市内の川は、市川市内もしくは近隣の鎌ヶ谷市、松戸市に端を発しています。そのため、源流から河口に至る川の一生と流域の様子の変化を、ごく身近に観察することができるのです。

図1:市川の中〜北部の水系

図1:市川の中〜北部の水系(sz611.gif、約19KB)

中〜北部の水系

  市の中〜北部には、軸となる川が2つあります。国分川と大柏川です。これらは、北部の地形を特徴づけている2つの大きな谷を流れていて、北部に降った雨の大半を集めて下流へと流します。
 
  国分谷(国分と曽谷の間の谷)を流れているのが国分川、大柏谷(大野と柏井の間の谷)を流れているのが大柏川です。それぞれ台地に刻まれた細い谷から、幾筋もの支流を集めています。また、双方の支流は距離的に近接することはあっても互いに混じり合うことはなく、そのため国分川水系、大柏川水系という、それぞれ独立した水系を形づくっています。
 
  水源はおもに2つで、湧水と生活排水です。かつては湧水が主要な水源でしたが、今では生活排水も安定した水源として重要です。
 
  国分川と大柏川は、下流で真間川と名前を変えてひとつの川になります。この川は本来は真間山の南側を西に流れて江戸川と合流していましたが、後に、東京湾へ向けた放水路が別に掘られたため、現在では2つの河口をつないだような、奇妙な形になってしまいました。
 

中〜南部の水系

  市の中〜南部は、江戸川の河口デルタにあたる一帯です。全体的に標高が低く(標高0〜2m)、北部のように南北に高低差があるわけでもありません。水路があっても流れの方向は一定ではなく、東京湾の潮の満干に応じて向きが変化します。つまり、引き潮の時は海へ向かう流れがはっきり見られ、満ち潮になると流れがなくなって水がたまったような状態になります
 
  自然状態であれば、市の中〜南部はアシ原を中心とした低湿地で、水路が網の目のように広がっていたと思われます。そしてかつては、この低湿地がそのまま東京湾の広大な干潟へとつながっていました。もちろん現在では都市基盤が整備され、排水ポンプも設置されています。かつての低湿地のおもかげを見ることはほとんどできませんが、水系としての特徴は今も変わりありません。

図2:海老川水系との比較図2:海老川水系との比較(sz612.gif、約11KB)

*水系の南北の関係を知るための図なので、時代の相違にともなう流路の変遷などはあまり考慮していない。

わかりにくい市川の水系

  市川は、大まかに見れば、北が高く、南が低い地形をしています。ですから、北から南へ川が流れ、それが東京湾に注ぐというのが、普通に考えられる水の動きです。似たような地形をもつ海老川水系(船橋市南部)の場合はまさにそういう水の動きをしていて、北側の台地に切れ込んだいくつもの細い谷から流れが始まり、それらが南へ流下しながら集まって1本の川となり、そして東京湾ヘと注いでいます。水系の全体を見ると、東京湾から生えた1本の木が、太い幹から何本もの枝を北に向けて広げたような格好をしています。
 
  ところが市川の場合は、そうなってはいません。真間川の放水路を別にすれば、南北の水系は互いに独立していて1本の木のような連続性がありません。それは、市の中部にある市川砂洲が、北と南の水系を分断しているからなのです。

市川砂洲の存在

  市川砂洲は、市の中部を京成電車の線路に沿うように伸びている砂地の高まりです。標高4mほどで、周囲との標高差は2m足らずです。人間にとっては大した高さではありませんが、この標高差が北から流れてきた2本の川(国分川、大柏川)の行く手をはばみ、水の南下を止めています。
 
  真間川が急に流れを西に変え、江戸川に注いでいるのはこのためです。砂洲に行く手をはばまれた水が出口を求めた結果、砂洲の西端、国府台の台地と市川砂洲とのすきまに出口を見つけ、江戸川へと注いだのです。ですから、もし市川砂洲が国府台の台地と連続していたら、2本の川は市川砂洲の低い場所から南へと流路をとったかもしれません。そして、中〜南部にも軸となる川ができたのかも知れません。じつは海老川水系の場合も、谷の出口には市川砂洲から連続する砂地の高まりがあります。ですがこちらは江戸川のような手頃な(?)出口がなかったために、高まりを突っ切るような形で流路が形成されました。
 
  なお、市川砂洲にはかつて何本かの横断水路が掘られました。農業用水路としては、よく知られた内匠堀(たくみぼり)や衣川(ころもがわ)、後土川(ごうどがわ)などがあり、治水上のものとしては前述の真間川の東京湾への放水路(かつては境川と称されていた)があります。

図3:南北の関係(自然状態)

図3:南北の関係(自然状態)(sz613.gif、約5KB)

図4:南北の関係(農業用水)

図4:南北の関係(農業用水)(sz614.gif、約6KB)

図5:南北の関係(現在の排水)

図5:南北の関係(現在の排水)(sz615.gif、約5KB)

*参考文献

真間川百年(鈴木恒男著、崙書房)
内匠堀の昔と今(市川博物館友の会歴史部会)
船橋市の自然環境(船橋市環境部環境保全課)
市川市史(市川市)
市川市雨水排水計画図(市川市)

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街かど自然探訪


カット(sz616.gif、約13KB)

二俣(ふたまた) 日枝神社の大きな木


  住宅が立ち並ぶなか、二俣2丁目の日枝神社境内にひときわ目を引くケヤキとタブノキを見ることができます。高さ約20m幹周り3mもあり、周辺では一番大きな樹木です。かつて二俣周辺で漁業や塩田が行われていた頃から境内に生えており、二俣の変遷を見守ってきたのかもしれません。
 
  5月頃、タブノキに近寄って見ると小さな花が枝先に沢山咲いている姿が観察できます。7月には、黒紫色に熟した実を鳥たちが食べに来る姿をみることができます。

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レッドデータブック掲載種紹介


 

イヌノフグリ  分類:種子植物 ゴマノハグサ科
ランク:絶滅危惧 II

カット(sz617.gif、約3KB)   帰化種であるオオイヌノフグリやタチイヌノフグリは至る所で見ることができますが、在来種である本種は特に都市部では激減しています。市内の自生地もわずか1か所で、そこもあまり大きな群落ではありません。
 
  この自生地では、イヌノフグリとオオイヌノフグリが混じって生えています。この状態は、10年来変わっていません。必ずしも、帰化種が在来種を駆逐するといった関係ではないようです。

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くすのきレポート



No.6今回の観察は…

カット(sz618.gif、約4KB)『4月、もうつぼみをつけていました。』

  このコーナーでは、市内中部の通りに植えられている街路樹のクスノキを中心に、自然の様子を紹介しています。
 
  今年は春の進行が早く、桜はどうにか平年並みに帳尻を合わせましたが、そうはいかなかった生物も多かったようです。この通りのクスノキも、今年は4月9日にはつぼみをつけていました。昨年が5月2日でしたから、ずいぶん早くにつぼみをつけたことになります。

(情報提供:M .M .さん)

 

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むかしの市川

カットsz619.gif (5653 バイト)


 

  このコーナーでは、博物館が1986年に行ったアンケート調査の結果から、むかしの市内の様子を紹介しています。

(回答は原文のまま掲載)

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わたしの観察ノート No.43



大町より

井上庄二さん  

 

自然観察園より

金子謙一(自然博物館)  

柏井町4丁目より

高橋富子さん(大野町在住)  

北方遊水池付近より

石井信義さん(菅野在住)  

菅野3丁目より

田中幸子さん(須和田在住)  

国府台〜堀之内付近より

原木より

◎年明けから3月にかけては順調な季節の推移でした。冬らしく、春らしく。


 

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