長田谷津の
変遷 (2)
施設が整備され、

訪れる大勢の人に長田谷津の価値が伝わりました


 
平成元年(1989)
平成元年の長田谷津の航空写真
動物園
バラ園と池
動物園が完成し、残された湿地帯の一部で、さらにバラ園と池が整備された。
平成5年(1993)
平成5年の長田谷津の航空写真
観賞植物園 新たに観賞植物園が整備された。コイのための細長い池は、半分が植物に覆われ湿地に戻ってしまった。

平成13年(2001)
平成13年の長田谷津の航空写真
果樹園 この時期、長田谷津に限らず広域的にマツ枯れの被害が広がり、長田谷津周辺でも、まとまったマツ林が枯れて果樹園に生まれ変わった。コイの池はほぼ完全に湿地に戻ってしまった。
長田谷津のこれまでの変遷は、大きく3段階にまとめることができます。

1.田んぼや休耕地が広がっていた段階
  (昭和42年、昭和46年の航空写真)
この時期に、S字形の大きな長田谷津のうちの上流側が大町自然公園として保全されました。

2.S字形の屈曲点から下流が開発された段階
  (昭和56年、昭和60年の航空写真)
このことにより、大町自然公園は下流の水系から切り離された孤島のような環境になりました。

3.観光開発が始まった段階
  (平成元年、平成5年、平成13年の航空写真)
大町自然公園は大町公園の自然観察園となり、
より多くの人の目に触れるようになりました。
しかし、残った湿地がさらに開発され、また里山管理を怠ったため、全体に環境が単調になりました。




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